小説
続、きまぐれオレンジ☆ロード
~プロローグ 決断の冬~
1
寒い。いくら暖冬とはいえ、こうも年の瀬が押し迫ってくると、それなりに冷え込むものだ。しかし、この場所は異様な熱気に包まれている。
1997年12月28日、東京・有明。ビッグ・サイトと呼ばれる一隅には、数十万人の人たちが、日本各地から集いあっていた。
この地に僕が足を運んだのは他でもなかった。腐れ縁の友人(と呼ぶのもうっとうしいのだが)、八田和也と小松整司の二人がやっている同人サークルが久々に出店するらしく、妹のまなみとくるみを執拗に誘ってきたので、お目付役でわざわざきたわけだ。そうでなければ、誰が好き好んでこの年末、こんな人ごみの中を訪れるだろうか。何せ尋常ではないのだから。それに、八田も八田だ。とっくにプロになってるんだから、いまさら同人でもないだろうに。まあ、やつらに言わせると、プロと同人では全然意味合いが違うんだそうだが。僕にはさっぱり分からない。
コミックマーケット53。夏と冬に行われる全国規模の同人誌即売会である。これが、晴海から有明に場所を移して、ちょうど4回目になるらしい。
「ダーリーン、こっち来てくださいよぉ。カッパネコちゃんのコスプレがいますよぉ」
僕を呼ぶ声に振り返ると、そこにはひかるちゃんがいた。ひかるちゃんは、最近また、僕のことを「ダーリン」と呼ぶようになった。ある種、確信犯的なのだが、周囲は何も言いはしない。もう子供じゃないのだから。
それにしても……カッパネコのコスプレ? また、世の中には何を考えているのか分からない人が多い。よりによって、カッパネコのコスプレとは……。
僕がひかるちゃんのそばに行くと、そこには……まどかもいた。そう。かつて鮎川まどかだった、いまは……春日まどかになった、僕の奥さんが。
「恭介、ほら」
そういって、まどかの指差す方を見ると……確かに、暑苦しそうなコスプレがいた。外は寒いかもしれないが、この中は人の熱気で満ち溢れ、かなりの防寒具を着込んでいると汗だくになること間違いなし、なのだ。
僕らは、三人して、ぷっ、と吹き出した。
それにしても……僕は思う。まだ十代だったころ。僕とまどかとひかるちゃん……この三人の間で流れていた、優柔不断で気まぐれな三角関係の日々。そして、僕がまどかを選び、ひかるちゃんを傷つけてしまった、若き日の過ち。それらが、まるで走馬灯のように流れていく。
……そして、いま。
春日恭介、28歳、主人、してます。
2
「ねぇ、恭介」
「何?」
「覚えてる?」
「……」
僕とまどかは、人ごみを離れていた。まなみとくるみが心配だと思ったけど、ひかるちゃんが見てくれるというし、何よりもまどかが人気のないところへ行こう、というのだ。まどかがこうやって誘ってくるのは久し振りなのと、どうやらひかるちゃんとは話していたらしいので、一緒に出ることにした。
そこで、唐突に聞かれたのだ。
「忘れた?」
「何を?」
「もうすぐ今年も終わりだね」
「ああ」
「春日家の秘密……いよいよ解明のときが近いわね」
「あ……」
思い出した。あの……僕、春日恭介の一族にまつわる秘密の究明、かつて、まどかとそれを約束していたのだった。いや、結婚の条件の一つだった、といってもいいのかもしれない。それとも、僕が言い出したのだったか。
まあ、それはいい。それに、これは僕自身の好奇心も多分に手伝っているのだ。
僕たち一族に、なぜ不思議な能力があるのか。
そして……僕たちは何者なのか。
それを、知りたい。おじいちゃんたちは何かを知っているらしいけど、僕たちには教えてくれないし、知りようもなかった。
そこで、僕はまどかと約束したのだ。
二十代最後の夏に、二人であの島に行き、二人でその秘密を解く。僕らの誓いだったのだ。
「……もちろん、覚えているさ。いよいよ来年の夏……あと半年後だね」
「覚えてて、くれたんだ」
「二人の、誓いだからね」
まどかが、僕の肩に頭を乗せてきた。僕もまどかの頭に頭を乗せる。幸せだなぁ……ふと、思った。この幸せがずっと続けばいいんだけど……
3
「まどかさん、話は?」
「大丈夫よ、ひかる。問題があるわけじゃないから」
「先輩は?」
「まなみちゃんたちを送っていくって。あたしは、ひかるとの久し振りの水入らずを楽しんでこい、だってさ」
「先輩、相変わらず優しいんですね」
「相変わらず優柔不断だけどね」
まどかは、そう言うなりひかるを抱きしめた。
「……まどかさん?」
ひかるは、まどかの瞳から流れた一筋の涙を見たが、その意味は分からなかった。





