天使が通る
~Un ange passe~
第1話
あなたもマジカルプリンセス?
1
わたしはチャチャ。ここ、魔法の国の王女。幼馴染みのリーヤ、それにしいねちゃんや、やっこちゃん、お鈴ちゃん、マリンちゃんたちと一緒に、うらら学園中等科で、毎日を楽しく過ごしているの。最近では新しい友達のポピィくんや、ヒーロン先輩、それに、長いこと離れて暮らしていたわたしの妹、チュチュも加わって、もう大変。
毎日がハチャメチャで、楽しくて……えーっと……その中でも唯一残念なことは、もう、ホーリーアップができなくなってしまったこと。
ホーリーアップ。セラヴィー先生からもらった三つのアイテム、ペンダント、ブレスレッド、指輪を使って、わたしがマジカルプリンセスに変身して、悪人たちを懲らしめるの。懲らしめに使う武器、ビューティーセレインアローやウィングクリスは、殺傷能力はないけど、悪の心を退治することができる。
わたしはペンダント、リーヤがブレスレッド、しいねちゃんが指輪。三つのアイテムを使って三人で力を合わせて、ホーリーアップ! マジカルプリンセスになって、魔法の国を支配しようとしている大魔王の刺客と戦っていった。でも、最後の大魔王との戦いでは、わたしたち三人だけではダメで、セラヴィー先生や、しいねちゃんの師匠のどろしーちゃん、そしてうらら学園のお友達のやっこちゃん、お鈴ちゃん、マリンちゃん……この八人で、伝説の「愛と希望の聖戦士」になって、ついに大魔王をやっつけた!
そして……マジカルプリンセスとの別れ。
大魔王がいなくなって平和になったと思ったら、魔族の残党が、大魔王の後釜を狙って、国王の印、ホーリーバードを奪って、魔界の扉を開けてしまった。ホーリーバードを使って世界を支配しようとしていたソプラノは倒したものの、魔界の扉が開いたままでは、暗黒魔界から溢れ出る魔物たちで世界は覆われ、戦いの世の中に逆戻りしてしまう……
リーヤが、近くにあった大岩を持ち上げて穴を塞ごうとしたけど、あっという間に大岩がくだけ散ってしまった。セラヴィー先生が云うには、大がかりな結界を張っていたものだから、ただ穴を塞げばいいものじゃない、と。そしてそれを塞ぐには……。
さよなら、マジカルプリンセス。
さよなら……もう一人のわたし。
魔界の扉を塞ぐための最終手段は……ホーリーアップアイテムを使うことだった。そして、その後、そのアイテムは封印されてしまう……。これはすなわち、もう、わたしがマジカルプリンセスになれないことを意味していた。
(そんなの、嫌だ!)
もう二度とホーリーアップすることが出来なくなってしまう……
* * *
気がつくとわたしは、荒野にいた。
ここは……ここは、魔界の扉の封印の場所?
でも、魔界の扉は、わたしのペンダントと、しいねちゃんの指輪と、リーヤのブレスレッドで封印したはず……永久に。
それじゃ、目の前にどす黒くぽっかりと空いている大きな穴は何?
(……チャチャ……)
わたしが呆然としていると、どこからか声が聞こえてきた。いや、発声された声じゃない。わたしの心に直接語りかけてきている。そんな感じのする声。しわがれたその声は、どこかで聞き覚えのあるような……。
(……チャチャ。我が封印が解かれし時が近づいているぞ。積年の思い、ぶつける時がな……)
封印? わたしたちがした封印のこと? でも、それはセラヴィー先生が永遠に解けることがないって……それとも、別の封印があるとでもいうの? それに、積年の思いって……いったい、わたしに何の関係があるというの……
「誰! いったい、誰なの! 隠れてないで、姿を見せて!」
思わず叫んで見たものの、いったい、どこに誰がいるのか、皆目見当がつかなかった。
(チャチャ……迷うがいい。答えは、お前自身が一番よく知っている……)
わたしが一番よく知って……どういうこと?
そう思った時、わたしは異変に気付いた。
わたしは、いつものチャチャじゃなく、マジカルプリンセスの姿をしているのだ。もう、二度となれないはずなのに、どうして!
その時、わたしは声の正体に気付いた。
「あなたは、大魔王なのっ!」
そう、あの声は大魔王の声にそっくりなのだ。
(ふっふっふっふっふ……迷うがいい、チャチャ。戸惑うがよい……アハハハハハハハハ……)
やめて、やめてっ!
だんだん高らかになっていく笑い声。わたしは思わず耳をふさいでかぶりを振った。もう、耐え切れなかった。
でも、そこまでだった。
次第に、わたしの目の前が真っ白になって、意識が遠のくのを感じていた……。
2
いやぁっ!
わたしは飛び起きた。
……ここは……ニャンコハウスだ。
わたしったら、考え事をしている間に寝ちゃったの……じゃあ、いまの出来事は全部……夢?
……ん? 何か……変だわ。何か風景が……いつもと違……あれ? あれれ? これ……これって
(……マジカルプリンセス!……)
……わたし……マジカルプリンセスになってる……。どういうことなの、いまのは夢じゃなかったの?
確かに、わたしが成長してジョアン一世と同じくらいの年齢になったら、姿が同じようになってもおかしくはないけれど……まさか、たった一晩で十三歳から十八歳に成長するなんてことは……ありえない……よね。
なぜ?
どうして?
見ると、服も、ウシさんのパジャマだったのがマジカルプリンセスの正装になっている。
いったい、何が起きたというの。
こういうときに限って、セラヴィー先生は、どろしーちゃんと一緒に温泉に行ってしまってて、留守。それじゃ、しいねちゃんはと云えば、缶詰めのクジで当てた、魔法大戦史跡巡りツアーに出かけちゃって……そしてリーヤは、おじいさんやお兄さんたちと遠方の狩りに出かけてしまった……
わたしはいま、完全にひとりぼっち。
もちろん、やっこちゃんやマリンちゃん、お鈴ちゃんなどお友達もいるけれど……常に傍にいてくれるわけではないし……
こういうとき、いったいどうしたらいいんだろう……
セラヴィー先生なら、きっといいアドバイスをくれるんだろうけど……
「ちゃんとお留守番をしてるんですよぉ」
「おうちを壊さないようにしてね」
「セラヴィー、あんたねぇ、いいかげんにその、うっとぉしい人形芝居やめなさいよっ!」
「おや、どろしーちゃんは私とエリザベスの楽しい会話を邪魔するんですか?」
「何が楽しい会話よ! とにかく、いいわね、チャチャ。本当はしいねちゃんも一緒に預けておきたかったけど、史跡巡りツアーなんか当たっちゃって、嬉々として出かけちゃったものだから……」
「いいよ、いいよ。しいねちゃんはそういうのが大好きなんだし、わたしにも事前に一緒に行きませんか?って誘ってくれてたし……それよりどろしーちゃん、気をつけて行ってきてね」
「はいはい。おみやげも期待してるんでしょう?」
「あは、あはははははは……」
「まあ、セラヴィーの教育がよく行き届いているのね」
「あら、珍しくどろしーの毒舌ね」
「あんたよりはいいわよ」
「それじゃあ、後は頼みましたよぉ……」
「はぁーい」
そんなわけで、とにかく、いまのわたしは、ひとりぼっち。
この事態……どうしたらいいんだろう…………
3
考えていても始まらない。
何でだか分からないけど、もう、なれないはずのマジカルプリンセスに自分がなってしまっているのは事実だし、どうしようもないことだから。
問題は、なぜこうなったかで、そして……これからどうするか。そして、さっきの夢のこと……いまの状態と、何か関係があるのか……でも、こういう難しいことは……やっぱしセラヴィー先生がいないと分からないや。
しょうがない、とりあえずセラヴィー先生たちの温泉旅行が終わるまで、様子を見ることにしよう。実際、まだこれは夢の続きなのかも知れないし。夢でなくても何かの間違いで、もう一度寝て、起きたら普段のわたしに戻るのかも知れない。
そう考えたときだった。
ふと振り返ると……そこにもうひとりのマジカルプリンセスがいた……。
わたしがもう一人……すでに封印されたはずの変身をしてしまっただけでも混乱しているというのに、ますますわけが分からなくなってしまった。
そっと、頬をつねってみる。痛い。これは夢なんかじゃない。現実なんだ。
わたしは、思い切って、目の前に現れたもう一人のマジカルプリンセスに話しかけた。
「あなたは……いったい、誰なの?」
「私? 私は……マジカルプリンセス、チャチャ。この、魔法の国の王女よ」
クスっと自信に満ちた笑みを浮かべながら、彼女は云った……。






