[政治]希望の21世紀へ向けて
(1999/12/12、初出:夢野の眼第15号)
リストラ、就職難……なかなか先行きの見えない不況と、対処がどう見てもずれているとしか思えない小渕無能政権の政策で、ますます新世紀への展望が見えにくくなっている。
こんな中、就職難の影響か、ある学生が自殺をしたというニュースを聞いた。よく、リストラされた中高年の自殺を耳にすることはあったが、若い世代にもその影響は及んでいるのである。しかもそれは、ニュースに聞く遠い話ではなく、筆者の身近にも発生していた。私の親友の友人のA君が先日、自殺をしたのである。悲しい出来事であった。その第一報は、朝一番で親友の親からの電話連絡によって伝えられた。A君は、その数ヶ月前、会社をリストラされていた。そしてA君は、その事実を両親に打ち明けられないまま、再就職先も見つからず、その間に抱えた借金を苦に、自殺したものと思われる。借金額は15万円だったと聞くが、A君にとってその額は天文学的に思えたのかもしれない。
このまま、国のかじ取りが誤った方向にばかり進んでいると、このような悲劇がこれからも続出するに違いない。
西暦2000年。この、ある種の区切りの年が、まもなくやってくる。世間はミレニアムで大騒ぎだ。2000年バーゲン、プレミアムグッズ、カウントダウンイベント……そして、それは政界でも同じことがいえる。小渕首相率いる自自公連立政権は、2000年に向けて実にいろいろな仕掛けで有権者を誤魔化し、その演出での延命を計っている。九州・沖縄サミット、新2000円札……その陰に隠れるようにして、国民を愚弄した政策をも数の力で実行に移そうとしている。
数は力――いろいろな意味で日本の象徴的存在だった田中角栄元首相が唱えた言葉である。議会制民主主義を“一応”取っている日本としては、国を動かすためには多数が必要なのは確かだ。賛成と反対が、一人を除いて分かれた場合、それを決定づけるのは最後の一票を持っている人物である。たとえ、その逆の意見が妥当性があっても、一票でも多い方が最後は勝つ。それが民主主義という名の“平等”の中身である。
議会制民主主義で、国民の意志が反映されるのは、代議士を選ぶ選挙だ。選挙で選ばれた代議士が、国民一人一人の声を代弁する……建前になっている。しかし、実際はどうだ。選挙結果はおかまいなし。当選してしまえば、もうわが物顔で傍若無人、これがいまの政界の実態である。もちろん、こんな議員ばかりではない。多くの、本当に天下国家を見据え、考え、国民のためを思う議員だって存在する。しかし、そのような議員であっても、“政党”という枠の中で埋没してしまうのである。
昨年の参議院議員選挙。そして、今年の統一地方選挙。公明党に投票した多くの有権者は、野党の公明党に期待して一票を投じたはずだ。あの当時、「自民党の補完勢力にはならない」という言葉を信じて、決して自民党に擦り寄る公明党に期待したわけではなかった。しかし、統一地方選でのスローガンは“政策実現の党”。それは逆に読むと“政策実現のためには政権に擦り寄る政党”となる。事実、公明党のその後の行動は私たち有権者を裏切り、政権に擦り寄っていった。
このままでは、小選挙区で消滅の危機にある……もしもそう思って方向転換したとすれば、政治的感覚ゼロのバカ政党、とても国政を担わせることなど出来はしない。なぜか。公明党は、事実上「新進党」解党のきっかけを作った政党だ。あれは確かに小沢一郎の大チョンボであったといまでも考えているが、きっかけを与えてしまったのが当時の公明であることは間違いない。公明が新進党を解党させずに合流の方向に向かっていれば、その次の総選挙では政権を担うことも可能であったかもしれない。ただし、小沢一郎の人格が少しなりとも変われば、という条件つきではあるが。
しかし、公明首脳部は新進党にいても理はないとみて、比例区は公明独自で闘うという、政党本位とするならばどう考えてもおかしい論理を持ち出して、小沢一郎を追い詰めた。もちろん、その非は社民党、さきがけを連立から追い出して自民党側につかせてしまった小沢一郎にもある。だが、あの時点で新進党を解党せずにいれば、間違いなく新進党政権の目はあっただろう。
歴史に、ifは禁物だが、1993年に端を発した一連の政治改革において、小沢一郎、社民党がそれぞれに譲るところを譲っていれば、今日の状況は変わっていたのかもしれない。しかし小沢一郎に反発し、更には自民党の一本釣り工作に牽かれた議員が続出、結果、公明は新進党への合流に難色を示したのである。そして結局は、新党さきがけの武村正義とそのバックに控えていた竹下登の思惑で、村山政権、橋本政権、いまの小渕政権へと動いていった。
これがすべてである。
そして参院選惨敗で生まれた小渕政権は、元々の同志だった小沢自由党とまず組み、その後に田中派時代からの繋がりがある公明党を取り込むという計画を、シナリオ通りに進めていった。はっきりいって、公明党は自民党に体よく利用されているのである。もちろん、いまは逆に自民党がミイラ取りがミイラ状態になって自由党、公明党に翻弄されているが。
会期末まであと4日を切った。公明党の神崎代表は、会期延長なし、と言いきった。民主党の鳩山由紀夫党首、羽田孜幹事長は、強行採決ならば内閣不信任提出を辞さずとしている。
8月の会期末の時、私は小沢一郎にほのかな期待をした。連立政権を離脱し、筋を通してくれるであろう。それこそが小沢一郎が政治家として生きてゆく唯一の道である。私は信じていた。しかし、彼はギリギリで離脱をせず、曖昧模糊な条件の下、いまだに連立の一翼を担っている。今国会でも連立離脱カードをちらつかせたものの、今度も前国会と同じ結果に終わるならば、小沢一郎という政治家は二度死んだも同然だ。新進党を解党して自由党を結成した時に言った言葉を思い出し、ぜひここで勇気を出して欲しい。人間・小沢一郎が本気でやれば、まだ国民が見直す可能性は残されているのだ。逆に言えば、これがラストチャンスである。
そして公明党。いろいろ言われているが、個々の議員の中には素晴らしい人材も多い。ぜひ、自分の頭で考え、今度こそは正しい選択をして欲しい。このままでは、自民党に利用された揚げ句に埋没である。更には、自民党小渕派に公明党が吸収されるということが一部でまことしやかに言われているが、それもあってはならないこと。私は創価学会員として、切に、切に願っている。一日も早く連立から離脱すること。そして、責任政党として、小渕政権がたれ流した公害を打ち消す努力をして欲しい。
そして自民党は良識ある議員が立ち上がること。若手などには、見所がありそうな議員がいくらかいる。彼らが本格的に活躍できる環境さえ整えられれば、自民党も少しは変わるだろう。
希望の21世紀まであと1年と3週間。このままいくと、2000円札も発行され、介護保険も改悪されて実施、九州・沖縄サミットも東京に保険をかけた上で実施され、その直後に解散、というのがシナリオであろう。
こんなシナリオがそのままいっては希望の21世紀どころではない。
あと4日で何が起こるのか。まずはそれを見据え、我々はしっかりと判断を下すべき時が、もうそこまで来ているのだ。
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